【MEIKO10周年企画】 斜陽の楽園 Graduation01:『浦島太郎の浮上』

   

斜陽の楽園_01表紙

Novel+Music+Meikoの新企画

Novel/illustration 骨董屋佐竹
MEIKO/Music 涼風涼雨

物語形式の小説+楽曲集 斜陽の楽園【The paradise of depressed】を開始します。

この企画は文章と音楽をMEIKOで繋げた創作です。
音楽がキーとなり物語は1話完結形式で進んでいきます。

ブログ及び動画、pixivにて発表していきます。
今回は第1話です。
どうぞお楽しみ下さい。

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創作リンク

Pixiv (小説ページにリンクしてあります。当ブログよりも見やすいのでオススメします。)

挿入歌:目覚め

歌詞

羽根の無い鳥はきっと
空を飛ぶ夢を見ていた

呼ばれているよ
待っている大事な人 強い風

暗闇をほら照らす歌を歌いましょう
まだ、少し怯えていても良いの
悲しみをほら癒す歌を歌いましょう
夜が明けて朝が来るまで
傷ついた君はきっと
駆け出した夢を見ていた

やり直せないことは誰もがあるの
手を繋ごう
友と笑おう
春の桜、冬の雪と踊ろう
暗闇をほら照らす人を捜しましょう
もう、涙を隠さないように
悲しみはもう覚えたから、
人を包む優しさが君を照らしている

小説

なんで、夢をずっと見てられないんだろう。
どうして辛いのに、現実に戻らなきゃならないんだろう。
もう、自分の足じゃ走れないのに……。

 

Graduation01:『浦島太郎の浮上』

私は少し前、叶えたかった夢を失い。
夢の世界の住人になった。

かつて世界一と言われた都。
東京の銀座と呼ばれる街の片隅の少女がいつも『いる』公園には、昼には紙芝居屋と思い思いに遊ぶ子供達がいる。
夜には……誰もいない。
昼も夜もベンチに座る彼女は、この高台にある公園から見下ろす景色が好きだった。
今は昼の時分。
目の前には『お兄さん』と呼んでも差し支えないような男が紙芝居を演じており、子供はみんな目をキラキラとさせて彼の話に耳を傾けている。

「『太郎さん、この前は小さな亀を助けていただいてありがとうございました。お礼に竜宮へお連れします』」

低い落ち着いた声で展開する紙芝居の口上を聞きながら、少女はぼんやりと考えた。
この『夢』である世界で、『夢物語』を語るのに何の意味があるのか。
目の前にいる子供達も、実は『夢』の住人であるというのに。
演じられている話は、童話ながら絶望的な結末が存在する。
海亀を子供達から助けて海神の娘『乙姫』に見初められた漁師『太郎』は、海底の竜宮城へ連れてこられ盛大なもてなしを受けた。
だが年月が経過し年老いた両親を置いてずっと帰っていなかった彼は、乙姫を置いて地上へと一旦戻りたいと想いを募らせる。
彼女は引き留めはするが強い希望に説得を諦め、太郎へ土産にと彼の『時間』を封じた黒塗りの玉手箱を手渡した。
しかし地上に戻った太郎は、既に700年もの月日が経過し家族も友人も全て死に絶えたという現実に直面。
絶望にうちひしがれた彼は、一縷の望みを掛けて全てを戻すべく玉手箱を開けてしまう。
玉手箱の中から立ち上ったのは、今までため込んだ太郎自身の『時間』の煙。
煙を浴びた太郎は、自らの時間を正常に戻されて白髪の老人へと変貌してしまった……。
なんて酷い話だ。
確かに乙姫を捨てた太郎も酷いが、乙姫自身も酷い。
彼を愛してるなら、何故彼を閉じ込めてでも止めなかったのか。
何故、『彼の時間を戻す』玉手箱を渡したのか。
なぜ夢を見させておいてくれなかったのか。

(夢の世界に招いたのだから、ずっと夢を見させる義務があるはずよ)

彼女は風景から視線を移し、スカートの下から伸びる自分の足をぼんやりと眺める。
この足は、現実にはもっと傷ついている。
ここは夢の中。
現実にある自分の体は、まだ病院のベッドの上なのだ。

(この世界なら、どこまでだって走ることも、跳ぶことも出来るのに)

*

彼女は、中学校で陸上をやっていた。
既に過去形だ。
本当の自分の足はリハビリ次第で歩くことは可能だが、もう走ることは不可能であろうと医者に言われている。
この診断が下される前は、ベッドの横にあった陸上部員一同と書かれた寄せ書きが力を与えてくれたものだが……。
今になれば、自分にも嫌気が差すほどその色紙に嫌悪感が沸く。
嫌悪感が沸くようになったのは、医師から宣告されたとき。
いや、ほんの少し後のこと。
見舞いに来た陸上部の面々が、自分からその話を聞いたとき……。
明らかに数人の目つきが変わり、彼女に対し腫れ物に触れるかのような態度に変わった。
その時だ。
(私はもう、彼らにとって仲間じゃないんだな)
衝撃と供に、そう思った。
辛かった。
悔しかった。
途端に現実になんか、戻りたくなくなった。
そう思ったら、この世界にいることが多くなった気がする。
随分古い町並みを再現しているように思うこの世界は、実際にはまだ生活感も汚れも無く綺麗な都市だ。
大正時代ぐらいの東京、銀座の大通りを模した場所もあるかと思えば、少し路地に入ればこのように鄙びた落ち着く空間もある。
登録して貰うとき、このバーチャル・リアリティ空間は『リハビリ施設』なのだと聞いた。
患者の神経機能を衰えさせない為、脳の信号を読み取り手足のようにアバターを行動させるというゲームのようなものらしい。
まだ怪我や手術後でしっかり体を動かせない時期に、気晴らしにとユーザー登録をして貰ったのだが……。
今となっては現実逃避のための避難場所だ。

(現実がこんなに辛いのなら、夢の世界に籠もって何が悪いの)

それから彼女は、眠ったように意識を落とすことが多くなった。

*

「お嬢さん、いつも紙芝居を見てくれてありがとう」
「え?」

途中から見るのが嫌になってベンチにうずくまっていると、上から言葉が降ってくる。
彼女が見上げてみたら。
いつもは夕日の中紙芝居を演じている若い男が、トレードマークの帽子を取り胸に当てニコニコと笑いながら見下ろしていた。

「……」

自分は別に、いつも紙芝居を見ているわけじゃない。
時折話が耳に入ってくるだけだ。
しかも、今日は自分が大嫌いな演目をやった。
彼女は一瞬ぽかんとした表情で紙芝居の男を見上げていたが、やがて眉根を寄せふいと視線を風景に戻し呟いた。

「浦島太郎の話」
「はい?」

彼はぶっきらぼうに話を振られ、少し戸惑ったように返事をする。
態度から見るに、声は掛けたが相手にされることはないと思ったのだろうか。
だが彼女は構わず続けた。
本来なら知らない男と話をするのは趣味ではないが、彼はいつも子供達に優しい目を注がせる紙芝居屋だ。
そんな人間なら、すこしぐらいの話をしてもいい。
いや、だからこそ抗議をしたい、と彼女は思っていた。

「乙姫は、勝手だと思わない?」
「……」

紙芝居の男は「ふむ」と息を漏らし、顎に右手を当てて軽く思案してからつぶやいた。

「そうですね、多分勝手です。でも……」

彼女は返答を聞いてぱっと顔を上げ、彼の話を遮って目尻に涙を滲ませながら畳みかける。

「そう思うでしょう!?
時間の流れが違うのを分かってて海底の世界に連れ込んでおいて、なんで今更彼を放り出すの?」

勝手だ。
乙姫も太郎も。
勝手に取り上げて置いて、勝手に放り出す。
きっと、この世界も私を嫌でも現実に放り出す。

「この世界だってそうよ。私たちに自由に動ける体を与えて置いて今更取り上げるの!?
現実の体はもう自由に動かないのに!!」

うつむき、目を落とした先には自らの脚。
傷一つない脚を見て、彼女は現実を思い出し絶望的な気分になる。

そう、どう足掻いた所で……。
この脚は、戻らない。
走る事なんて、できない。

「なんで……。
なんで夢を見せたままでいてくれないのよ……っ」

彼女は、ぎゅっと拳を握り俯きながら言葉をはき出した。
ここには、あるのだ。
自分が絶望したはずの希望が。
この脚が。

「……」

紙芝居屋は暫く無言で立ち尽くした後、ゆっくり一つ瞬きをする。
酷い八つ当たりだ。
少女は自分で分かっているのだが、それでもあの物語を見せた紙芝居屋が許せなかった。
理不尽な怒りは止まず、どうすればいいかもわからない。
紙芝居屋は軽く合点がいったのか、ぽつりと呟いた。

「そうですか。あなたはここに」
「あたしは、現実なんてもういい!!
二度と走れなくなるくらいなら、ここから出ない!!」

彼女はいきなり立ち上がると、あっけにとられて自分を見下ろす彼の言葉を遮るように叫ぶと。
興奮して真っ赤に染まる顔と潤む目をそのままに、紙芝居屋を置いて走り出した。

「あ……ちょっ」

紙芝居の男は右手を追うように差し上げて走り去る彼女を見送るが、見えなくなるとやがてため息をつきながら手を下ろす。
彼は置いてきた紙芝居屋台の元へと戻り、木で出来た紙芝居の枠をパタンと開いて……。
その木枠の中に指を這わせた。

*

病棟の一角にあるベッドに、まだ多分に幼い少女がいた。
彼女は複数の電極を頭と左右の手足に装着し、穏やかにまどろんでいるかのように見える。
事実、彼女の周囲にあるのは備え付けのPCのみで大仰な装置などは無く。
また看護師の姿も無く。
容態が特に悪いという様子にも見えない。

しかし、彼女は数日前に友人が見舞いに来た直後から意識を失っており。
一度も起きてはいなかった。

横には陸上部一同と書かれた色紙や、色々な見舞いの品。
が……色紙は大きな力で叩きつけられたのか、ピンと張ったはずの角が大きく潰れ全体的にひしゃげている。

「おかしいんですよねぇ……意識をなくすような状態じゃないんです」

後退で常駐する男性看護師は、PCの調整に来たエンジニアに困った顔をしながら彼女の容態の詳細を話していた。
一応ではあるが、睡眠状態に入ってからこの娘の生体活動は全てモニタリングされている。
心拍数や呼吸などほぼ正常な数値が出されている中で一つだけ異常を訴えているデータがあった為、そのエンジニアはPC故障の可能性を考慮し派遣されて来たのだ。

長い睡眠に入った彼女の脳は、ほぼレム睡眠の状態で働き続けているらしい。
これは、明らかな異常である。

だがエンジニアが調べたPCには、この異常な結果を出すようなエラーは見当たらなかった。
調査結果を看護師に報告すると……彼は肩を落として首を捻り、呟く。

「少しはノンレム睡眠もあるし、お若い方なので急激に衰弱する事は無いと思いますが……。
このままにしておくと脳が常に働いてしまい、最終的には疲弊してしまいます。
もしかしたら、単なる機械の異常なのではないかと……期待していたのですが。
ご足労すいません」
「いえ……大変ですね」

通常、人間の脳はレム睡眠で記憶を脳に整理し定着させノンレム睡眠で休息する。
しかし、レム睡眠の状態で数日も目を覚まさないとなると。
当然休息を取れない脳は疲弊し、記憶、認識は崩壊する。
それぐらいの知識は持っているエンジニアは、それ自体が危機感を持つに値する異常であることを理解はしていた。
看護師はため息をつく。

「それにしても困りました。
そろそろ起きてリハビリをしなければ、いくら若くても筋肉が落ちすぎて今後の生活に支障が出ます。
それに……」

「もう次の入院患者が決まっており、彼女の退院予定が迫っているのだ」という。
病院の都合で彼女は眠ったまま起きる保障も無く強制退院させられるであろうという状況に、エンジニアも軽く絶句した。
だが彼は表向きは表情を変えず、軽く頷き口を動かす。

「……そうですか」
「あ、ここら辺の話は内緒にしてくださいね。患者さんのプライバシーですし色々言うと僕おこられちゃうので」

「最近厳しいんですよねー」と言う男性看護師の全く悪意がない他人事の言葉に軽く眉根を寄せ、エンジニアは帽子を外して深々と頭を下げた。

「分かりました、失礼します」

男性看護師もへらりと笑って軽く頭を下げると、軽やかな足取りで仕事へ戻っていく。
エンジニアは帽子をまた被り直して踵を返すと足早に病棟を離れ……懐から端末を取り出した。

*

次の日、自分が同じ場所にいるというのに紙芝居屋の男は来なかった。
同じように遊び続ける少年少女達をベンチに座ってぼうっと眺め、彼女は再び視線を膝へ落とす。

(いつまでここにいられるかな)

彼女はいつも、そんな喉の奥から出てくる不安と戦っていた。
いつか、この世界を離れて現実に戻らなければならない日が来る事は知っている。
望むと望まざると、そういうシステムがあるということも。

そしてその時には、ユーザーの元へ赤い女神がやってくると言うことも。

「……」

あれは、やっぱり完全に八つ当たりだった。
紙芝居屋の男も面食らったろう。
当たり前だ。
面識のほとんど無い人間にああもあたられて、しかも逃げられて。
どうすればいいのかすら分からなかったに違いない。
だが実際、自分自身どうしていいのかもわかない。
しかも……後悔したくなくてとにかく謝ろうとしてこの公園で待っているのだが、その本人が来ないのだ。
彼女は焦り、頭を抱えた。

「うぅぅぅぅぅ」

どうしてあんな八つ当たりをしたのだろう。
多分『浦島太郎』の演目を聞いていて、無性に腹が立ったのだ。
彼女は傷一つ無い、ちゃんと反応する足を無意味にぶらぶらとさせる。

(だって……)

自分と太郎は似てるのだ。
きっと現実に戻れば『現実』をつきつけられるから。
何も残っていない自分を、突きつけられるから。

(だって……)
「だって……重ねちゃったんだもんね。『浦島太郎』と『自分』を」

思わず口に出した言葉に重ねてベンチの背後から声を掛けられ、彼女は目を見開いて絶句した。
いきなり現れた気配と影に、既視感を憶える。
いや、彼女をこの世界の誰もが『知っている』のだ。
だって、初めに教えられるのだから。

(うそ……)

おそるおそる振り向き、見上げると……。
この世界の女神。
歌姫が、降臨していた。

(ついに、私を呼びに来た)

もうおしまいだ。
彼女は、私に世界の最後を言い渡しに来た。
ここから、『夢』の世界から覚めよと。

「卒業おめでとう」

彼女は呆然と、そのたおやかな笑顔に見惚れる。
歌姫はいつも見に行く劇場で身に纏うビロウドのドレスでは無く、深い赤のスーツを纏っており。
何故かだれも、そこにいる存在に気がついていない。
ここに女神が降臨したのに。
その強烈な違和感を、少女はポロリと口に出した。

「なんで……」
「『私』とは、この世界を離れる人間以外気がつくことは出来ないの。
……そういうことになってるから」

管理者特権。
フラグが立った人間。
ここは奇怪の世界だ。少しプログラムの知識がある人間なら、そう考えた事だろう。
だが彼女は無知であるが故に混乱し、歌姫は黒い手袋に覆われた右手を彼女に差し出した。

「次は貴方の番ね、明日四時にバーへいらっしゃい」
「なんで」

彼女はもう一回つぶやく。
でもその意味は違う。

あの「なんで」の意味は、歌姫に気がつかない周囲に対して。
この「なんで」は……。

彼女はポロリと涙をこぼした。
この歌姫が来たら、彼女の歌う『歌』と供にこの世界を去らなければならない。
この世界に通されたときに義務づけされた決まりだから。

当たり前だ。
この世界だって、データだって容量は有限なのだから。
『夢』の世界が必要なくなったと判断されれば、それは排出されるだろう。

そう、歌姫は乙姫でこの世界は竜宮城そのもの。
そして、この世界に集う人々は。
皆、『浦島太郎』なのだ。
この世界に、自分の意志ではとどまれない。
ただ、時間が来たら無残な現実に排出されるだけの……。
彼女には、歌姫が何よりも残酷な死神に見えた。
システムにのみ準拠し、血も涙もない機械の女神。
少女は必死に考え、抗いの言葉を投げる。

「なんで……ずっと夢見ることは出来ないの?」

歌姫は軽く首をかしげると、赤く紅を引いた唇を開き質問を返した。

「この世界から出ることが怖い? それとも現実を見るのが怖いの?」

図星を突かれ、少女はカッと頭に血が上った。
そうだ。
自分は現実に戻ったときが怖い。
必要とされていた、仲間の沢山いたはずの自分が……一瞬でそれを全て失うのが怖いのだ。
きっと、走れなくなった自分から陸上部の仲間達は去って行くだろう。
今まで全力で精一杯打ち込んできた陸上に関われなくなった自分がどうなるのかなど、想像もつかなかった。
自分の足で走るときの高揚感が好きだったのだ。
風を切る肩が好きだったのだ。
記録を出し、みんなで笑い合う瞬間が好きだったのだ。
それが……理不尽にも奪われてしまった。
例え事故を起こした人間がいかにわびようとも、もうこの事実は変わらない。
だったら。
彼女はボロボロと泣きながら、歌姫に言葉を叩きつけた。
「怖いよ!! あたりまえじゃない!!」
同じだ。
あの時理不尽な怒りをぶつけた紙芝居屋の男と、同じ事をしている。
その自覚はあっても、止まらなかった。

「もう戻れないんだよ!!
あの気持ちいい風も、笑い合う仲間も、一生懸命走って出した記録も!!
お医者さんが言ってたもん!!
もう走れないって!!」

はじめは冷静に受け止めていた。
いや、受け止めていたつもりだった。
きっと、心のどこかで甘く見ていたのだ。
走れなくても、友達は皆側にいてくれるものだと。
何も、変わらないと。

でも、違った。

ボロボロと涙が止まらない。
声がかすれる。
堪らず立ち上がって歌姫の豊かな胸に顔を埋め、すがりついた。

「このままじゃ、自分が消えちゃう」

どうか、どうか。

「消えたくない……消えたくないよ」

現実に戻って、このままではどうすればいいのかわからない。
押しつぶされて声の出ない唇は、空気だけで願いを告げる。
その時。
声の出ない悲鳴を上げ続ける彼女の後頭部に、ふわりと暖かなものが寄せられた。
彼女は歌姫に抱き寄せられ、手で自身の頭を撫でられていると気がつく。
歌姫は風にボブカットの髪の毛を揺らし、微笑みながら告げた
「あなたの望みはわかった。
明日の四時、必ずバーへいらっしゃい。
小寺鞠さん」
名前を呼ばれ、少女は目を見開く。

「え……」

なんで自分の名前なんかを知ってるのか。
そんな事を尋ねるまもなく、次の瞬間歌姫はその場から忽然と消え失せる。
慌てて周囲を探しても周囲の子供は意にも介さず遊んでおり、誰もこちらを見ようともしない。
やがて、彼らはようやく現れた紙芝居屋に歓声を上げて駆け寄っていった。

「……」

彼はこちらに気がつくと、軽く会釈して微笑んだ後に子供達へと向き直った。
彼が演じはじめた演目は『浦島太郎』。

(あ……っ)

彼女は立ち尽くしながら嫌いだったはずのその演目を眺めているうちに……唐突に気がつく。
あの玉手箱の意味はなんだったのか。
それに気がついた途端、彼女の目からは新たに涙が溢れ。
拭うこともせず垂れた滴は地面に落ち、吸い込まれていった。

*

翌日4時前。
彼女は、おずおずとバーへ入店した。

そこは、銀座の片隅にある古びた店舗。
カロリと軽やかな音色を響かせて入る店の中は、良く磨き上げられとろりとした質感の木材でくみ上げられている。
同質の素材を分厚く切った机椅子が等間隔に並び、椅子には人、机には淹れ立ての飲み物。
ぐるりにはカウンター、寄りかかりながら葉巻を嗜む紳士もいる。
昼の時分は子供の姿もあり、奥に存在するステージに視線を集める。
彼女は給仕に示されたステージ真ん中にある椅子に座らされ、半ば呆然とステージを見上げた。
彼らはそれぞれ流行の服装に身を包み、誰かが出てくるのを心待ちにしている様子だ。

誰にも知らされないが、今日の歌は『自分のもの』だ。
知っている。
このバーで歌われる歌は、全て人のため。
この世界から居なくなる人のために歌われる物なのだ。

いわば、玉手箱。
この竜宮城の、乙姫からの『可能性』という名の『贈り物』

給仕は、彼女の前に頼まれてもいない飲み物を差し出す。
彼女は……抵抗なくそれを受け取り、それで喉を潤した。

わかってはいた。
ここのユーザーは誰しも『消滅』からは逃れられない。
現実へと引き戻され、そこで苦難と闘いながら生きなければならない。
そして、自分は別の可能性を模索しなければならないことも、わかってはいたのだ。
駄々をこねたのは、結局子供の理屈。
永遠の夢なんて、存在しなかった。
覚悟は出来た。
さあ、私は私の現実へと戻らなければ。
時間が来た途端、ワッという歓声と共に彼女の意識は色を取り戻す。
今まで浮かび上がっていたはずの女の子の姿が、あっさりと群衆に紛れた。
彼は舞台へと視線を向けると、同じように興奮のまま騒ぐ群衆の視線の先に。

深い赤のビロウドと煌びやかなスパンコールに彩られ、鈍く銀色に光る拡声器を従えた赤の女王がやってくる。
彼女は少女を見つけ、艶然と、いや少女のように微笑んだ。

「みんな、こんにちは。
今日のリクエストは、ポップス」

艶やかな唇は、拡声器を従えて動く。
なのに艶めかしくも気怠げでも無く、彼女の声はむしろ歯切れ良く耳に響いた。
「これからを生きる君へ」
歌姫の声に応えるかのように、この場にはそぐわないテクノロジカルな伴奏が周囲から溢れ出る。
しかし何故か違和感を全く感じることは無く、彼女の声は空に舞い上がった。
少女はぽかんと口を開け、目を見開いて彼女を見る。

彼女の歌は単純、そして明快。
そしてその声は光となり、固い殻を打ち破る。

彼女は自ら感じる凄まじい開放感に、勝手に流れ出した涙が伝う両頬を押さえた。
背中にふわりとした感覚を覚え、次に下からの暖かな光と爆風に吹き上げられる感覚に翻弄される。
思わず悲鳴を上げそうになる彼女に向かい、歌姫は手を差し伸べ言い放った。
「あなたが閉ざされたものは、ほんのわずかよ。
狭い世界だけを見てないで、前を向きなさい」
「えっ……」
彼女は音楽の本流に飲み込まれ、更に打ち上げられるように上へと上昇する。
歓声が遠くに聞こえ……これがあの小さなバーでの割れんばかりの歓声であると辛うじて認識した。
それすら飲み込まれ歌に巻き込まれて上がる……あがる!
彼女は耐えきれずに、悲鳴を上げた。
「わかった、わかったわよ!!
だからもう……許して!!」

*

目が覚めたのは、ベッドの上だった。
いきなり覚醒した彼女は、荒く息を吐きながら左右を見回す。
周囲には医師や看護師、そして両親と……奥の方に数人の友達の姿が見えた。
ピッピッピ……っと流れる心電図の音に紛れて、薄く流れているのは少し前に翻弄されていたはずの『歌』。
あんなに迫られたはずなのに……優しい旋律のそれは、彼らを全く阻害しない環境音楽のように流れていた。
母親は思わず涙ぐみ、少女の上へ覆い被さる。

「鞠……まりぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」

その母の背中に手を置き、父はまた涙ぐんで頷いた。
彼らは一様にホッとした表情をして彼女、小寺鞠を見つめている。
医者は彼女の目の前に顔を出し、慎重な様子で一つ質問をした。

「あなたは、ここがどこかわかりますか?」

なんでこんな事を聞かれているのかは分からない。
とても気分の良い夢を見ていたのに。
なので彼女は、眉をしかめながらつぶやきかえした。

「現実でしょ?」

*

鞠は、病棟から自らの足で歩いて外に出る。
結局陸上を続けることは叶わなかったが、リハビリがある程度上手くいったのか日常生活に不自由はなく足を動かすことは出来るようになった。
外は綺麗に晴れ渡り、真上に来た太陽は彼女の顔を明るく照らし出す。
これからは、精を出していた部活を引退して過ごさねばならない。
だが……彼女は今のところ何をしたいのか、まったく思いつかなかった。

(どうすればいいのかな)

ただ、今まで自分を苛んでいた筈の不安は綺麗さっぱり払拭されている。
確かに陸上仲間も記録も消え去り、まっさらに何も無い状態へと戻されてしまったが……。
別にまだそれで不都合が出るような年でもないし、まだまだいろんな物を選べば良いことだ。
今まで悩んでいた理由が、今となっては些細なことに見えた。

自分が持っている携帯のプレイヤーを操作すると、軽やかな女性の声と可愛らしい音楽が流れ始める。
とあるゲームから回復記念に送られたこの曲は、鬱屈した心を吹き飛ばすような……笑い飛ばすような力強さに満ちていた。

(とりあえず……何をしよう?)

会計をしている母を待たねばならず、鞠は軽く退屈してその場を歩き回っている。

(家に帰って、学校に戻って……)

「まーりちゃーん」

考え込んでいる鞠はふいに声を掛けられ、その声の元を視線で辿ると……。

「まーりちゃーん」

自分が通う学校の友人が二人、手を大きく振って彼女に呼び掛けていた。
「……」
彼女はぱっと目を見開き絶句する。
そして、じわじわと輝くような笑みを浮かべる。
端末から流れる曲は最高潮になり、気分は更に高揚する。
(なんだ……)
(全部無くしたわけじゃないじゃない)
自分の足はもう走れはしないが、彼らの元へ歩むことは出来る。

やりなおせないことは、誰にもあるの。
でもね、閉ざされたものはほんの少し。

強い風と軽やかな歌声が、自分の背を押しているような気がする。
光が満ち白く輝く道を踏みしめ……鞠は残った希望。
大事な人達へ、ゆっくりと歩き出した。
【Graduation01:『浦島太郎の浮上』 終】

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